なぜなぜ問答を読む

なぜなぜ問答を読む

釈尊が仏教を説かれた目的は何か

釈尊が仏教を説かれた目的は、何であったのでしょうか。

 世界文化史の大家、H・G・ウェルズは、世界の偉人のトップに釈尊をあげ、

「私は公平にどの点からみても、世界で最大の偉人は仏陀釈迦牟尼仏である」

と言っています。

 ドイツのハイラー教授も、

「仏陀釈迦は、世界の最も偉大な宗教家であり、世界の光である」

と絶讃しています。

 世界の3大聖人、2大聖人といわれても、トップに挙げられるお釈迦さまは、インドのカピラ城主、浄飯王の長男として生まれ、仏覚を悟られるまでは、シッタルタ太子と呼ばれていました。

 生まれながらにして、社会的には最高の地位、名誉、財産を持ち、その上、親の溺愛を受け思うままの生活が約束されていた人でした。

 19歳で国内一の麗人といわれたヤショダラ姫と結婚し、翌年、男子ラーゴーラをもうけていられます。さらに、春夏秋冬の四季の御殿に住まわされ、500の美女とたわむれる栄耀栄華の限りを尽くした方でした。

 私たちが、その中の一つでも手に入ればと、日々、必死に求めているものすべてを釈尊は、すでに持っておられたのです。

 その釈尊が、なお満足できない魂の叫びに驚き、29歳の2月8日、突如、それら一切の名誉、地位、財産、妻子を捨てて城を出て、入山学道の人となられたのです。

「この世の一切のものは、常住しないのだ。

 いずれの日にか衰え、いずれの日にか亡ぶのだ。歓楽つきて哀情多しといわれるではないか。快楽のカゲにも、無常の響きがこもっている。美女の奏する弦歌は、欲をもって人を惑わすのみだ。

 人生は、苦悩に満ちている。猛き火のごとく、浮かべる雲のごとく、幻や水泡の如きものではないか。若きを愛すれど、やがて、老と病と死のために壊れ去るものばかりである」

 人生の実相を洞察なされた釈尊は、常住不変の絶対の幸福とはなにか。いずこに存在するのか。それこそが、万人の希求するものではないかと、勤苦6年、35歳の12月8日、ついに大悟徹底、仏陀となられたのです。

 かくして、80歳、2月15日、ご入滅になるまで、布教活動をなされたのです。

 この45年間の釈尊の教えの記録が一切経といわれるものです。

 ゆえに一切経は、七千余巻という膨大な数にのぼっていますが、釈迦出世の本懐は、唯一つ、阿弥陀仏の本願であったのです。

 その明証は種々ありますが、いよいよ弥陀の本願を説かんとなされた時、釈尊は「これより私の出世の本懐を説き示そう」と厳粛に宣言なされ、弥陀三昧に入って五徳現瑞なされて弟子たちを驚嘆させられています。

 そして、最後には「特留此経」とおっしゃって、

「弥陀の本願を説く此の経(大無量寿経)は、一切の経典が滅する時が来ても残り、すべての人が真実の幸福に救済されるであろう」

と予言されています。

 弥陀の本願を説き終わられた釈尊は、いかにも満足そうに、「これで如来として、なすべきことは、みななし終わった」と慶喜されています。ですから釈迦一代の教えといっても、阿弥陀仏の本願に収まるのです。

 私たちが釈尊の大恩に報いる道は、弥陀の本願を聞信し、絶対の幸福になることに極まるのです。

 釈尊の一切経をホゴにするか、どうかは、私たちが弥陀の救いに値うか、否かにかかっていることを忘れてはなりません。

 

『親鸞聖人の花びら』桜の巻より)